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地球サミットと日本の原生林保護運動

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地球サミットと日本の原生林保護運動

登山時報2002.7月号
白藤力  八幡平・葛根田ブナ原生林を守る会 事務局長

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岩手山のブナ林調査活動をする白藤力さん

あの森の、枝を渡る風の音が聞こえなくなったらどうしよう。あの生き生きとした谷川の流れや残雪の風景が見られなくなったらどうしよう。あのほのぼのとした山村風景が消えてしまったら。そう思いはじめたときから早くも十八年になる。

当時日本列島には原生林伐採の嵐が吹き荒れていた。すでに日本の原生的自然は残り少なくなっていた。一方知床や白神をはじめとして北海道から九州沖縄まで「原生林を守れ」の声が日本列島にこだましていた。八〇年代から九〇年代にかけて、森林自然列島か木材生産列島かリゾート列島かをめぐってきびしい戦いが展開されたのである。

葛根田川源流部もその一翼を担った。私たちは森林をめぐる自然と人間の関係を総体として捉え、それを世論に提起し世論を全体として動かすことに努力した。少なくともそういう精神で活動を進めた。全国各地のブナ林保護の運動も大きく展開しつつあった。

日本勤労者山岳連盟の全国的なネットワークは、全国的な運動の展開に大きな役割を果たしたことも特筆すべきことである。

その結果、まず初めに八七年十月三日葛根田川源流部の伐採が凍結され、次いで林野庁に「林業と自然保護に関する検討委員会」が設置された。

八八年その委員会答申で、知床、白神、葛根田川源流部、屋久島など日本の代表的な原生林の伐採が中止され、森林生態系保護地域という名の原生林保護区が全国二六ヶ所に設定された。

林野庁は全国各地で展開されたブナ林保護運動とマスコミの論調や世論に押されて原生林保護に緊急政策転換したのである。

それから四年後の九二年リオデジャネイロで地球サミットが開催され、持続可能な開発という言葉が若干の期待を抱かせて頻繁に登場するようになった。私たちもカンパを集めブナ林のスライド写真を託して、八木健三「日本の森を守る全国連絡会」会長を送り出した。それから一〇年、ヨハネスブルグで再び地球サミットが開催されるという。

こうした環境分野での各国のあるいは国際的取り組みの一方で、極端な営利優先の地球が急速に進行しつつある。地球上のあらゆる生命の営みが貨幣に置き換えられつつある。膨大なお金と軍事力に支配された地球とそれを支える様々な思想と国際政治がある。地球規模の営利追求の世界に翻弄される国々や部族や多くの人々がいる。

地球規模の環境問題には、環境問題を超えたもっと巨大な力と歴史の流れがある。私たちは自然環境問題に取り組むだけでなく、近代の数百年あるいは数千年にわたる自然の歴史と人間の歴史を振り返ることから始めなければならないのではなかろうか。


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